この記事は、渡部昇一著『読む年表 日本の歴史』の読書ノートです。
今回は
第1章 古代篇
『万葉集』成立
(7世紀後半〜8世紀初頭)
です。
要点
- 作者の身分によらず、当時の優れた歌を集めた国民的歌集
- 日本は、「歌の前に万人平等」の国
- 現在でも、皇居で行われる「歌会始」には誰でも参加できる
解説
『万葉集(まんようしゅう)』とは、7世紀後半〜8世紀初頭にかけて編纂された、現存する日本最古の和歌集です。
渡部氏は、『万葉集』の本質にかかわる大きな特徴として述べている点として、選ばれる和歌の作者が天皇から乞食まで身分の差がないという点を挙げています。これを渡部氏は「日本は歌の前に万人平等」だったと表現しています。
日本以外は何に対して平等だったのか?というと、渡部氏は2つ例を挙げています。
ユダヤ=キリスト教・・・万人は神の前に平等
古代ローマ・・・法の前に平等
端的にいうならば、法と宗教ですね。
ところが日本はそのいずれでもなく、歌の前に平等という考え方でした。歌、というのはつまり言葉であり、言霊です。言霊をうまく扱える人こそが、最大の敬意を払われていました。それは素性も知れない柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)が和歌の神様として崇拝されていることからもうかがい知ることができます。
「歌の前に平等」という考え方は、古代の話だけでなく現代にも通じています。
毎年新年に皇居で行われる「歌会始(うたかいはじめ)」は、歌の題、つまり「勅題」に対して誰でも応募ができます。そして作品がよければ身分によらず選ばれるという伝統は、世界を見渡しても類がない優美な風習です。
所感
明治時代に来日した外国人は、一般庶民が詩(和歌)を詠んだり作ったりできることに大変驚いたそうです。
万葉集が編纂された遥か昔から、日本人は歌が好きで、言葉に敏感な民族だったのだと思います。