日本史 読書ノート

公地公民制の施行 失敗に終わった私有財産廃止と土地国有化

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この記事は、渡部昇一著『読む年表 日本の歴史』の読書ノートです。

今回は
第1章 古代篇
公地公民制の施行
(646年/大化2年)
です。

要点

  • 大化の改新によって日本は律令国家となる
  • 土地国有化は結局失敗したが、旧来の豪族の勢力は衰退
  • 豪族の代わりに中臣鎌足を始祖とする藤原氏が力をつける

解説

皇極天皇による「改新の詔」が出され、大化の改新が始まります。

大化の改新で、日本は律令国家となります。これは唐の法制度を参考にしたものです。律令とは法律のことで、「律」が刑法、「令」がそれ以外(主に行政法)を意味します。大宝律令(701年)、それを改めた養老律令(718年)が出されました。

また、「改新の詔」の目玉とも言える政策が「公地公民制」でした。これは、土地も人民も私有は禁じ公有化するという、かなり思い切った政策でした。

しかしこの制度はうまくいきませんでした。度々制度変更をしているのですが、それでも結局実質的に廃止となります。

班田収授法(はんでんしゅうじゅのほう)
公有化した土地を公民に貸し与える、というもの。しかしその土地は6年後には返還する必要があったため、熱心に畑を耕すモチベーションが働かず、反発を受けた。

三世一身法(さんぜいいいっしんのほう)
溝や池などを新たに作って開墾した土地は三世まで所有することを許すというもの。ただし、既存の灌漑施設を再利用して墾田した場合は1代限りでした。

墾田永年私財法(こんでんえいねんしざいのほう)
新たに開梱した土地はすべて私有が認められました。しかし、その広さは身分によって大きな開きがありました。

これらの政策の結果、旧来の豪族の勢力は衰退しました。代わって勢力を伸ばしたのが、律令制度によって中央集権国家となった国政を担う官僚たちでした。

なかでも中臣鎌足を始祖とする藤原氏は、圧倒的な広さの土地を所有することになりました。

所感

「大化」という元号は、日本で初めての元号と言われています。2019年、平成から新たな元号に変わりますが、次の新元号は、大化から数えて248つめとなります。

元号は、日常生活でもあまり使わないしシステム的には西暦が使いやすいですが、その時々の時代を写し取ってくれます。

新しい元号が何になるか、今から楽しみです。

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